2024.12.17
「地球環境科学と私」第五十回は地球惑星ダイナミクス講座 寺川 寿子さんによる 地震学事始め です.
石橋を叩いて渡る性格の私が,振り返ってみたとき,自分でも信じられないような行動力を発揮したことが何度かある.その1つは,8年間勤務していた銀行系のシンクタンクをすっぱり辞め,地震学を志して大学院に進学したことだ.学生時代は学部から大学院修士課程まで数学を専攻し,紙と鉛筆の世界では関数電卓も不要だった.入社してからは,一転し,主に工学分野の構造物を対象とし,有限要素法により運動方程式を数値的に解くことで,その変形や応力を計算して安全評価等を行うことになった.最初は何をしているのかさっぱりわからず,苦しかった.しかし,2年,3年と時が経つうちに仕事はどんどん楽しくなった.
私が入社した1990年代には,日本では1993年に北海道南西沖地震,1995年に兵庫県南部地震,アメリカでも大都市ロサンゼルスで1994年にノースリッジ地震が発生し,これらは多くの尊い人命を奪うと共に,経済活動にも甚大な被害を引き起こした.職場でもしばしば話題になり,このような中で,コンクリートのひび割れ問題を地震の断層に見立てて新しい仕事を提案したらどうかという流れが見えてきた.アイデアに付加価値を生み出すことが必要なシンクタンクでは,入社早々の若い社員にも「存在理由」を求める社風が強く,周囲の仲間たちは常にアンテナを張っているように見えた.私はいち早く地震分野の業務を新規開拓したいと申し出て,地震による地殻変動解析プログラムの開発を担当することになった.
自分なりに地震について勉強しながら業務を進める中で,地震時の断層運動のタイプが地下の応力場に基づいて合理的に説明できることに驚いた.地震は地下の剪断破壊現象である.破壊を論じるとき,応力の情報は欠かせない.それまで培ってきた構造解析の経験も助けになり,あれこれ想像が膨らみ,気づいた時には,本気で地震学を研究する決意が固まっていた.
こうして,私の地震学の研究生活は,同級生より10年遅れでスタートした.きっかけとなった「地震の発生を支配する応力場」への興味は,少しずつ形は変わっているが,今も続いている.応力は6つの独立な成分を持つ物理量である.地下の応力場は,基本的には地球の内力が駆動するプレート運動により長い時間をかけて形成されたものである.外力に対する構造物の応答のようには計算できない.しかも,地下の応力を直接測定することも難しく,応力の6つ目の成分(偏差応力の大きさ)がよくわかっていない.これは断層にかかっている剪断応力や断層強度がわからないということであり,地震学にとって重要な問題である.最近,この6つ目の成分まで含んだ絶対応力場に関する論文が受理され,二度目の大学院入学から24年目にして,ちょっとした万感の思いである.
日本列島周辺域のテクトニック応力場(深さ = 10 km).震源球は応力のタイプを示しており,最大剪断面での剪断応力の方向を表している(Terakawa and Matsu’ura, 2010).日本列島域は東西圧縮の場にあり,東北日本は逆断層が発生しやすい応力場,西南日本は横ずれ断層が発生しやすい場となっている.沈み込み前の海洋プレート内は,沈み込む方向に伸長軸を持つ正断層が発生しやすい.