2024.10.8
「地球環境科学と私」第四十八回は地質・地球生物学講座 竹内 誠さんによる 絶滅危惧種:フィールドジオロジスト です.
地球上の生態系から滅亡する危機にある種を絶滅危惧種という.地球上には様々な現象があり,それらを研究する研究分野も多岐にわたる.そのような中で絶滅が危惧される研究分野(種)がある.野外で地質を調査し,研究を行うフィールドジオロジスト(地質学者)である.野外調査を主とするこの分野は体力と技術を要し,泥臭い仕事である.また,この分野の研究は調査に時間を要し,一つの成果を出すのに室内分析による研究より時間がかかる.研究分野が細分化され,分析法が高度専門化するにつれて,大学院5年間で博士の学位を取得するためには,時間のかかる野外調査を主とする研究は敬遠される.実際,大学教員で野外地質学を専門とする数が減少し,地質調査という授業(実習)も少なくなっている大学が増えている.
地質学の伝統的な研究手法は野外での調査である.この手法は古く,より高度化した機器分析などによる研究手法に取って代わられることも必然なのかもしれない.まさにフィールドジオロジストは絶滅寸前の危機種なのである.自然な流れとして,これは仕方がないことなのだろうか.いや,そうはいかない事情がある.社会において,この絶滅危惧種の技術が必要とされているのである.近年増加傾向にある斜面災害予測のための地質調査,道路や橋などの建設のための地質調査,資源探査のための地質調査など野外で地質調査を行い,その実態を正確に把握する技術はいつの時代でも必要とされているのである.実際,近年地質コンサルタント会社や資源探査会社などからは,地質調査ができる人材を求められているが,絶滅危惧種にまでなった地質調査ができる人材は不足している.逆に捉えれば,地質調査能力をもっていれば就職に苦労することはないということである.
私は名古屋大学に赴任して以来30年間,国立研究開発法人産業技術総合研究所の5万分の1地質図幅の調査研究に携わり,学生と一緒に地質調査を行い,地質調査の技術を伝授してきた.地質調査をするということはどういうことをするのか.その成果の一つの成果物は地質図である.地質図ほど個人の能力差が如実に表れるものはない.同じ野外に分布する地質を観察しても,そこから得る情報量は個人の能力に大きく左右される.また,それらの情報から地質図として表現した場合,大きな差として現れるのである.野外で観察される地質は現在までの様々な現象の結果形成されたものであるので,地質図もそれらの現象がすべて表現されたものでなければならないはずである.しかしながら,多くの地質図は自分の研究目的に特化した図になっており,地質図としての情報量は少ないものが多い.地質調査や地質図を作成する技術は一種の職人的技術であり,経験が大きく影響するものであり,1, 2年で技術を習得できるものではない.それ故,一旦その技術が途切れてしまうと,復活させるためには相当の労力が必要になるということである.絶滅させてはならない技術なのである.幸い,名古屋大学理学部地球惑星科学科では,地質調査という実習が必修として残っている.地質調査を通して,地球の姿を見ることは,その後地球惑星科学の様々な研究分野で活動する上で役に立つはずである.地球惑星科学科の前身である名古屋大学理学部地球科学科は,地質学科ではなく,地球物理学・地球化学・地質学という多面的な手法から地球を総合的にみることができる人材を育成する学科として,全国で初めて創設された.その名古屋大学の特徴を維持するためにもフィールドジオロジストは必要であり,絶滅させるわけにはいかないのである.
写真1 地球惑星科学科フィールドセミナーⅡによる中央構造線での野外実習
写真2 三重県の中央構造線付近の地質図.5万分の1地質図幅「高見山」(印刷中)