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「地球環境科学と私」第四十六回

2024.7.22

「地球環境科学と私」第四十六回は地球環境システム学講座 高野 雅夫さんによる 人間を生態系の中に埋め戻す です.


人間を生態系の中に埋め戻す 地球環境システム学講座 高野 雅夫

私の研究テーマは持続可能な地域社会をどうやって作り出せば良いかということです。私たちの文明は「化石燃料文明」と言ってよく、特に石油に依存した社会です。化石燃料はいつかは枯渇するということと、化石燃料を燃焼した後に出る廃棄物である二酸化炭素によって人為的な気候変動が生じるという、二重の持続不可能性を抱えながら、私たちは豊かな暮らしをしています。この暮らし方は早晩行き詰まるので、どうやって持続可能にすれば良いかということです。


最近は、岐阜県東濃地方の山間地域で90歳代の方から昔の暮らしの様子を聞き取る調査をしています。その中で、ヘボの話がありました。ヘボというのはクロスズメバチという小型のスズメバチのことで、愛知県三河地方から岐阜県東濃地方、長野県木曽・伊那地方ではこの幼虫を食べる食文化があります。山の中で魚の切り身などを置いておくと、このハチがやってきます。小さな肉団子を作り、そこにティシュなどでこよりをつけて、ハチに抱えさせます。ハチは一直線に巣に持ち帰ります。それを皆で追いかけて巣を見つけます。巣は地中にあり、刺されないように装備してから巣を掘り起こします。巣を持ち帰り、そこから幼虫を引っ張り出して甘辛く煮たり塩焼きにしたりして食べます。見た目はあまり良くはありませんが、食べてみるとクリーミィでとてもおいしいものです。


お年寄りに聞くと、昔はクロスズメバチがたくさんいて、農作業の合間にお弁当を広げていたりするといくらでも寄ってきたと言います。それでこれをとるのが楽しみでもあり、貴重なタンパク源を確保することでもあって、どこの家でも普通にヘボとりをやっていたそうです。それが、戦後の農業の近代化の中で、農薬を使うようになって数が減ったという話を聞きました。今では巣を見つけるのが難しくなったので、一部のマニアのような人たちがやっているだけで、さらにまだ小さい巣を探して、ハチが生きて入っているまま家に持ち帰り、巣箱に入れてエサを与えて育てるというやり方になっています。


お年寄りたちは1960年代まで基本的にはコメ、ムギ、ダイズを作って自給自足をしながら、現金収入を得るために養蚕、コンニャクイモ栽培、炭焼きをして暮らしていました。コメを作るには、山に生えている草を刈って、牛や馬に食べさせて糞を堆肥にし、これを肥料としました。田んぼを耕し、ものを運ぶのも牛や馬です。コンニャクイモは秋に大きくなったものを収穫し、小さいものは残しておくと春になると勝手に芽が出て育ったそうです。炭焼きのために広葉樹の木を伐ると、切り株から自然に芽が出て20年後には元の大きさに戻っていました。つまり、生態系の物質循環の中に人間の暮らしも埋め込まれており、人間も他の動植物と同様、生態系の一部であったと言えます。むしろ草を刈り、木を伐ることで生態系の物質循環を駆動していた主要な担い手だったと考えられます。これは持続可能な暮らしです。


しかし、戦後の農業の近代化によって、化石燃料によって生産された化学肥料、農薬を使用し、化石燃料で動く農業機械を使うようになって、山奥の村も化石燃料文明の中に組み込まれました。その過程で、生態系が劣化し、人間が生態系から浮き上がった存在になっていきました。


持続可能な社会を作るとは、人間をもう一度生態系の中に埋め戻すことと言えます。それを現代的で誰もがやりたくなるようなやり方で実現するにはどうすれば良いかが研究課題です。小さな水力発電を用いてエネルギーを確保し、化学肥料を使わずに土壌中の窒素固定菌の力を利用し、混植やコンパニオンプランツという技法で農作物の病害虫を防ぐ。機械を使わなくてすむ不耕起の栽培。これらは化石燃料に依存しない新しい技術です。それらの研究開発と普及を、地域の住民の皆さんと一緒に進めていくことを通じて、持続可能な社会への道すじを見出したいと思っています。


地球環境科学専攻

山間地域の耕作放棄地を再生する実験田で、無肥料・無農薬・不耕起・無灌漑でのイネ栽培のようす。





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