2021.3.24
「地球環境科学と私」第二十八回は大気水圏科学講座 長田 和雄さんによる
研究テーマの移り変わり:洞窟から地吹雪経由、アンモニア です.
博士号を取得するには、卒業論文に始まり、修士論文や博士論文の3つを書くことになる。卒論のテーマが博論に繋がる人もいれば、研究テーマが移ろう人もいる。皆さんはどうだろう?ここでは、進学のきっかけから現在に至る長田の例を紹介したい。
この業界(生業としての研究者)に目を向ける直接のきっかけとなったのは、弘前大学探検部での活動である。3年生になった頃、ある村の鍾乳洞調査を企画していた。所轄の教育委員会から入洞許可を得るためには、「学術調査」の計画書を出す必要があった。そこで、講義中に「南極の話」を聞かせてくれた地球化学の先生のところへ相談に行き、洞窟内~周辺河川の水質調査について助言をもらい、計画書を仕上げることで無事に洞窟調査の許可がおりた。そこで得たサンプルの解析でさらにお世話になりつつ、「南極へ行く」にはどうすれば良いのか相談したところ、「そりゃ君、大学院だね」と言われて、ついその気になってしまった。大学院が何か、実は良くわかっておらず、当時は、行きたい場所(南極)へ行くための手段として進学を考えていた。ちなみに、卒論のテーマは「明神沼の湖底堆積物からみた環境変遷」である。その先生は共同研究(科研費)により所持していた湖底堆積物を分析させようと思っていたようだが、部活の機材を使えばシロウトでも取れそうな池があることを知り、試したところビギナーズ・ラックで湖底堆積物コアが取れてしまい、その解析が長田の卒論になった。この地域(津軽・十三湊)は古文書により津波の記録や湖の変遷がわかる。研究室の後輩がさらに研究を進め、文学部の先生達と学部をまたいだ共同研究に発展したと聞いている。
卒論の先生に紹介されて向かったのは、南極へ何人も送り出していた樋口研究室(名古屋大学水圏科学研究所第三部門、当時)である。見た目がちょっと怖い助教授先生に、今はなきホワイトベアでエビフライを食べながら相談したことを覚えている。大学院(水研)に入学した早々、ラッキーなことに南極内陸部への雪氷調査旅行の装備・食料担当で南極へ行けることになった。雑用係が任務だが、ヒマがあれば修論の研究をやっても良いとのこと。雪氷担当の先輩隊員と相談して、「高度別の地吹雪粒子」を調べることにした。地吹雪とは雪粒子が空気中を浮遊したり、雪面を跳ねたりして視程を減ずる現象である。地吹雪が起こると、空中の雪粒子は微粒子(エアロゾル粒子)を除去するので、空気は綺麗になり、落下後の雪面は汚れていくことになる。それを観測してまとめたのが修論「南極の物質輸送に果たす地吹雪の役割」である。その南極観測で得た知り合いのツテを頼り、プロジェクト・マネーによるバイトに採用されたのがニューヨーク州立大学・バッファロー校地質学部Ice Core Laboratoryである。博士課程は進学と同時に休学した。南極に行くとき同様に、両親は「えーっ!?」だった。プロジェクトで得られたアイス・コアの化学分析を「アルバイター」として進めつつ、ヒマがあれば自分の研究をやっても良いという条件だった。英語はまったくダメだったが、探検家・植村直己みたいに、行けばなんとかなるさと思っていた。そんなこんなでようやくまとめたのが博論「グリーンランド氷床と南極氷床に記録された火山噴火の痕跡」である。テーマ的にはフラフラと変わっているが、当時的にはありがちな寄り道で、博士に向かってどなた様も人のいない獣道を歩いていたと思う。このように、卒論から博論、就職、現在に至るまで、良き指導者・良きツテ・良き共同研究者に出会えたのは不思議なことだが、「試しに聞いてみよう!」と連絡を取ったことがきっかけで、良い運が転がり込んでいた。
最近は大気中のアンモニアを研究している。自分の中ではエアロゾルを介して繋がっている。アンモニアは大気中でナノ粒子の形成を補助したり、酸性粒子を中和したりする働きがある。硫酸アンモニウムや硝酸アンモニウムはサブミクロン粒子の主要成分であるため、その材料となるアンモニアの発生源や大気中での反応過程、大気からの沈着量の把握等は種々の大気環境問題を考える上で重要である。10年くらい前までは極地、洋上、乗鞍など人里から遠い、いわゆる「遠隔地」での観測がメインだったが、ここ10年くらいは越境大気汚染や都市域での大気汚染、あるいはカラスに関連したアンモニアを研究中である。端折った途中や続きに興味がある人は、研究室に本人を訪ねてください。