2020.12.15
「地球環境科学と私」第二十四回は生態学講座 杉谷 健一郎さんによる 太古代の微化石から探る初期生命の姿 です.
生命の起源と初期進化というテーマは、数十年以上にわたって自然科学者だけでなく、数多くの人々の知的関心・興味の対象であり続けてきました。生命はこの地球上のどこでどのように発生し、進化したのか、そして地球以外の惑星でも生命は発生したのか?という問いに対する学際的なアプローチが続けられています。ところが、生命の起源・初期進化の研究に欠くことの出来ない30億年以前の地層からの微化石の報告例は極めて少なく、当時の生物進化、地球環境に関する研究者の理解は非常に混乱しています。38億年前(世界最古)の生命の証拠とされたグリーンランド・イスアのグラファイト炭素同位体比や 35億年前のシアノバクテリア(酸素発生型光合成細菌)化石とされたものは、いずれも後に大きな疑問が投げかけられ、太古代の微化石研究は遅々として進んでいませんでした。
私は太古代(25億年以前)の地層が分布する西オーストラリア・ピルバラクラトンにおいて10年以上地質調査と試料採集を行い、初期地球の環境や大陸地殻の発達に関する多くの知見を得てきました。そして12年前、ゴールズワージー地域の浅海成黒色チャート(ファレル珪岩層)中に、多様な形態を有する有機炭素質の構造を偶然発見しました。そして二国間共同研究や科学研究費補助金の補助を得て研究を進め、これらの構造が約30億年前に存在した微生物群の化石であり、当時の浅海域にも複雑な生態系が成立していたことを明らかにしました。さらに、ストロマトライトが産出することで良く知られていましたが、これまではっきりとした微化石の報告がない同じくピルバラクラトンのスティルリープール層群(34億年前)からも黒色チャートを採集し、それらの中にも同様の大型微化石群が含まれることを報告しました。特に注目されるのはレンズ状の微化石で、長径が40μmから100μmで多くのものは赤道面に帽子のつばの様な突起を持っています。最近私は母岩を酸で分解することによってこれらの微化石を大量に取り出すことにも成功しました。
実はこの微化石は生命の初期進化に関する議論に極めて大きな一石を与えるかもしれません。というのも、このような大きなサイズの細胞を維持し、かつ酸に対する耐性がある有機質膜を生成し、さらに膜状突起を形成するためには、高効率のエネルギー代謝システム、すなわち酸素を用いた好気性代謝が不可欠であると考えられるからです。そのような特徴を有する微化石は20億年以降に多産しますが、それらは真核藻類の休眠胞子と考えられています。一般的・教科書的には、酸素の生産者であるシアノバクテリアが出現した時期は27億年頃かそれより新しい時代、そして真核生物の出現時期は大気中の酸素濃度が急激に上昇した23〜24億年以降とされていますが、私の発見は、それらがもっと早い時期に出現していたことを示唆しています。それが事実であるなら生命初期進化に関する我々の考え方が根底から覆されます。結論にいたるにはまだたくさんのクリアーすべき課題が残されていますが、この可能性を信じて(しかし、それに囚われずに)研究を続けたいと考えています。