2019.12.5
「地球環境科学と私」第十七回は地球化学講座 平原靖大さんによる 聖地に住むネネ・ハワイアン・天体望遠鏡 です.
ネネ(nēnē)は、ハワイにだけ生息する雁(がん)の一種です。昨年早春、多くの望遠鏡があるマウイ島山頂ハレアカラで、訪問5度目にしてようやく、彼らに会うことができました。ネネは水鳥なのに高地草原の巣で抱卵し、海辺と山の中腹を行き来して暮らしています。悠然と親子で車道を横切る彼らの鳴き声はその名の通り、ネェネェと私に何かをねだるかのようでした。
私は、日本、アメリカ、ドイツ、メキシコの大学や研究機関の協力のもと、ハレアカラに惑星観測専用の望遠鏡の建設に取り組んでいます。人間の眼では感じない赤外線で、惑星の大気中に存在する水、炭化水素、アミンなど、生命の誕生に不可欠な分子を探査することが目標です。ハワイ州の長期にわたる環境影響審査の末、2年前についに建設が許可されました。絶滅危惧種ネネの繁殖時期には建設作業中断、巣を壊せば罰金、古い施設を壊してから建設、占有面積や容積率(!)は現状維持、などの厳しい制約がありますが、それらはハワイ大学の管轄で、私たちは1.8mの主鏡の最終研磨を、刃物の町・岐阜県関市の工場で今年末から始めます。この鏡はとても薄く軽く、非球面、非対称で、真ん中に穴がありません。これは、恒星に比べて暗く小さく、散乱の影響を強く受ける惑星の観測を高い感度で行うための、一つの挑戦です。
一方、隣のハワイ島山頂、マウナケアではこの夏から、先住民ハワイアンのグループが、世界最大の光赤外線望遠鏡TMTの建設を阻止すべく、山頂への道路を封鎖しています。一時は逮捕者が出る騒動に発展しましたが、聖地にこれ以上、“よそ者”が“異形の物”を作ることを許さない、という彼らの決断はハワイ州政府をも動かし、建設許可期間の2年延期が決まりました。それを受けて、世界の天文学コミュニティーは対応に揺れています。マウナケアやハレアカラの観測サイトは麓の町に棲む人々によっても支えられています。今後、TMT建設反対派との話し合いが平和的に行われ、我々のハレアカラ新望遠鏡建設に飛び火することなく、ともに速やかに建設が開始されることを願っています。しかし、『契約に合意したから約束を守ってください』とも、『ネェネェ、同じ人間同士、話し合いましょう、きっと分かり合えますよ』とも申せません。では、“科学者として” 先住民ハワイアンに何をどう語るべきか?広く環境学に学ぶ皆さんのご意見を伺いたいと思う今日この頃です。